まちの息吹き:モンパルナスそぞろ歩き

ひとに話しても、なんだそんなことかですまされるのが落ちだろう。特に関心のないひとなら何がおもしろいのかと怪訝な顔をされるのがせいぜいだろう。

それでも無性に嬉しい。胸のつかえの下りたようなスッキリ感、晴れ晴れしさと言ってもいい。これはもう完全にオタクの領域かもしれない、物好きと呼ばれても否定はしない。

1860年まであった、モンパルナス市門の位置を特定出来たのだ。

1860年に市域が拡大されるまでパリ市の範囲は現在よりひと回りもふた回りも狭く、モンマルトルの丘もベルヴィルもパッシーも市外、エトワールの凱旋門は「門」にふさわしく市の境に位置していた。

大革命前夜18世紀末に建設され市を囲っていた城壁は「徴税請負人の壁」と呼ばれる。防衛という軍事的な色彩を失い、もっぱら入市税を徴収する目的で維持されていたことを、その名称は表しているようだ。

つまり課税非課税、この壁の内側と外側では物価が異なる。一歩外に出れば税金のかからぬ酒、食料にありつける。魚心あれば水心、市門の外側を中心に飲食店が開けば、それ目当てに市民が出向き、飲兵衛たちが押し寄せる。

多くの客が訪れるようになれば、彼らをあてこんだ商売も始まる。大道芸人から芝居小屋、ひとときの「愛」を売るお姐さん方だって。それなら彼ら彼女らの需要に応えるように新たな‥‥という具合に「まち」が形成され膨らんでいく。

市門あっての「まち」。市門の位置が「まち」の成り立ちに大きく関係している。とりわけモンパルナスの場合、近くに鉄道の駅舎が造られ、ひとの流れが本格化すると繁華街の地位を確立し、世界から芸術家の集まり暮らす「特別な街区」へと姿を変えていく。

どこに市門はあったのか。今日のモンパルナスの生まれ出てきたキイポイントでもあるのだ。

市の中央部から市外へ放射状に向かう街路、その名もモンパルナス街を軸に、候補は2ヵ所に絞り込まれると見当をつけていた。

大通りブルヴァールは環状をなす通りで、モンパルナス街は2本のブルヴァールと交叉する。モンパルナス大通りとエドガー・キネ大通り。どちらかのブルヴァールが「徴税請負人の壁」の跡に違いないから、その交叉点こそ市門の所在地ということになる。

‥‥実はここまで絞り込んだところで満足していた。それが先日別件でネット検索していると偶然1830年代のパリ、モンパルナスの古地図に行き着き、年来の懸案はあっさり解決の運びとなったのだ。

予測通り主役はモンパルナス街で、エドガー・キネ大通りにぶつかったところに市門はあった。市門を抜けて市外へ出るとモンパルナス舗道と名を変える。これが現在のゲテ街。

絞り込んだ候補地2番目が正解で、メトロ6号線エドガー・キネ駅前の広場こそ、かつての市門所在地と確定された。エドガー・キネ大通りの北半分に城壁、そして城壁に沿ってその名も「エクステリユール」(外側の意)という道が市門の左右に延びていた。

納得したところで、モンパルナス大通りからノートルダム・デ・シャン教会を背に、ムール貝のレストランチェーンとして名高いレオンの角を曲がり、モンパルナス街へと歩いてみよう。

ホテルとブルターニュ地方名物クレープの店、ギャラリーなどの並ぶ街並みを行くと、エドガー・キネの広場。右手にはモンパルナスタワーが聳え、マルシェの出る大通りは墓地に面している。19世紀はじめ壁のすぐ外側、「まち」の脇に墓地の作られたことになる。

カフェが軒を並べテラス席を張り出すこの地に、1860年まであった市門。ユゴーやバルザック、ボードレール、ドラクロワやマネだって幾度となく通り抜けたに違いない。

この、門を抜けるという感覚、パリから外へ出るという身体感覚はどのようなものとして意識されていただろう。そんなことを考えながらゲテ街へと足を踏み出す。このあたりがかつて市門の外側に、吹き出物のように形作られた繁華街発祥の地にあたる。

名だたるシャンソン歌手が舞台に立ったことで名高いボビノ座をはじめ多くの劇場の集まる興行街は、開幕時刻を前に腹ごしらえをという客や終演後に吐き出されてきた人びとが行き交っている。

市門すぐ外側の賑わいと劇場、興行街。‥‥人波を前にして、物好きな遊歩者としては、場の持つ記憶のようなものを確かめられたと感じ、深く満足の溜め息を吐いている。

ゲテ街すぐ脇の小緑地に、いつもどこかで気になっていた画家シャイム・スーティンの、なんとも印象的な像を見つけた。20世紀初め、貧困と孤独でぼろぼろになりながらこの街に辿り着いた男。

思いがけぬ出会いに、再びアドレナリンの分泌されるのを感じる。モディリアーニやフジタと親交を結んだエコール・ド・パリの鬼才について想いは巡り始める。しかしそれはまた別の物語だ‥‥。

蕎麦粉のガレット:モンパルナス、ブルターニュ » 遊歩舎
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