1区と2区の境界線中央あたりに位置する、ヴィクトワール広場。ギャルリ・ヴィヴィエンヌにはここから向かおう。
決して広い広場というわけではない。それでも、円形の広場を荘重な建物の隙間なく囲むさまに、しばし見惚れる。これが四角形ならどうということはないかもしれない。重厚な館に囲まれた、円形であるところに意表を衝かれる。柔らかなはずの曲線が攻撃的にさえ映る。
しかもその中央には太陽王ルイ14世の騎馬像が、動的な表情で置かれている。ジョルジョ・デ・キリコの絵画の世界にまぎれこんでしまったような感覚にとらわれる。
パリっ子は基本的に王様嫌いだ。アンリ4世は例外的な人気者、ルイ13世もヴォージュ広場なら仕方ないと感じるだろう。しかし、よりによってヴェルサイユでふんぞり返っていたルイ14世の騎馬像がここにあろうとは。
それもこのあたりの街区はルイ14世治下から整備されてきた歴史を物語るのだろう。‥‥などと考えながらラ・フイヤード街をプティシャン街へ、オペラ大通り方面に歩き始めてすぐ右側、4番地にギャルリ・ヴィヴィエンヌは口を開いている。
パリのアーケード商店街、18世紀から19世紀に起源を持つ、いわゆる屋根付きパサージュ。このタイプのパサージュのうちでも女王格と呼ぶのがふさわしい。と言って誰でも納得するのが、ここギャルリ・ヴィヴィエンヌだろう。
ルイ14世の時代から成熟を遂げてきた富裕な経済エリートたちの街区は、19世紀はじめ随一の盛り場だったパレ・ロワイヤルと、新しい盛り場として次第に盛り上がりを見せてきたグラン・ブルヴァールの間に位置している。
二つの盛り場をつなぐ、それもこの地にふさわしい、とびきり豪華できらびやかなアーケード商店街を作ったら大成功するに違いないと考えた人物がいた。考えるだけならそれまでだが、彼は実行に移せるだけの才覚と実力に恵まれていた。ここに暮らす公証人だったのだ。
小説を読んでいるとしばしば登場する、この公証人とはどういう種族なのか。日本の公証人とはずいぶん異なるものであるらしい。鹿島茂「職業別パリ風俗」によれば、弁護士、司法書士、行政書士、税理士に不動産屋と銀行の機能もあわせもった、極端にいえば個人営業の役場のようなものなのだそうだ。
だいたいが代々の家業で大変な権限を持った有力者。それも首府パリの、さらに経済エリートたちの集まる街区の公証人とあれば、実際的な金力から人脈のネットワークにいたるまで、当時有数のパワーエリートだったと言っていいだろう。
こうしてギャルリ・ヴィヴィエンヌは1826年に開通する。
パサージュにしては珍しくゆったりと贅沢な空間に、風格のある店舗の並ぶさまは、当時のパリジャンたちの度肝を抜いたことだろう。復古王政から七月王政期にかけて、まばゆいばかりの光を放つスポットだっただろうことは想像にかたくない。
ちょうどバルザックに描かれた小説の時代だ。バルザック関連で言えば、彼の作中登場人物のうちでも異彩を放つ、怪人物ヴォートランのモデルになったとされるヴィドックは、このパサージュ上のアパルトマンに棲んでいたのか隠れ処のひとつにしていたらしい。
罪人として監獄入りし、脱獄と逃亡を繰り返すうちパリ裏社会に通暁、その知識をもって警察のスパイとなり、遂には警察機構のトップに登りつめたという伝説的な人物。時代が彼のような存在を欲していた。ともかくその時代のパリの情報の集まる場所として、ここは最適な場所のひとつだったとは言えそうだ。
1820年代の開通といえば、江戸では文化・文政の町民文化が華開いていた時代だと思い起こせば、ときの流れを感覚として摑んでいただけると思う。‥‥現在、人びとの行き交うパサージュは、それぞれが衰亡と荒廃の危機的な時間を乗り切って今こうしてあることも。
19世紀後半の第二帝政期、ヴィヴィエンヌ街区の経済的優越性は相対的なものとなっていく。オスマンのパリ大改造の影響もあって、商業的な繁華街はグラン・ブルヴァールでも西側のマドレーヌ寄り、シャンゼリゼ方面へと移っていく。
人影は次第にまばらとなり、眠りにつくように忘れられていく。‥‥こうした眠りから醒めるのは1世紀も経った20世紀後半だという。ヴィクトワール広場が、世界に向けたファッションの発信地ととなりジャンポール・ゴルティエはじめ多くの才能、日本人デザイナーたちも含めて活躍する場になっていく。
天井の採光を換えて明るくなり、床をモザイク張りにするなど改修されたパサージュは、新進気鋭のデザイナーたちの作品を身につけたハイセンスな人びとの行き交う地となった。
‥‥こうして、ギャルリ・ヴィヴィエンヌは生き返った。ワインの味見を楽しめる老舗のエピスリ、洒落た小物をショウケースに並べた店、最新流行のワードローブを取り揃えたブランドショップ、モザイクの張り詰めた通路にテラス席の並ぶサロン・ド・テ。
幾段か階段を下ると鍵型に曲がるパサージュの角にある古書店は、1826年の開通当時からかわらず、店を開いているという。歴史のあることと品揃えがいいこととは別ではあるとしても、移り過ぎる光景の奥にじっとうずくまる古書店がある。それだけで嬉しい。
プティシャン街から入りこんだパサージュを左に折れると、ヴィヴィエンヌ街へと抜ける。