19世紀も後半になってからパリ市内に編入されるまで、郊外の丘だったモンマルトルには牧歌的な表情が残されていた。風車はそんな光景を物語るシンボルだったことだろう。
ブランシュ(白い)広場にはムーラン・ルージュ(赤い風車)が鎮座している。ご存じロートレックのポスターとフレンチ・カンカンで有名なキャバレだ。牧歌的な村のシンボルから夜の繁華街のシンボルへと変わった風車を眺めるところから、丘への道は始まる。
広場からルピック街へ。左手にムーラン・ルージュのブティックのある坂道商店街を登って行くと、ブルヴァールから離れるにしたがって歓楽街の雰囲気は消えていく。
坂の途中15番地は映画「アメリ」のカフェ、ここでヒロインの好むデザート、クレームブリュレを注文する客は今でも世界中から集まってくるらしい。
突き当たったところで、すぐ右前方に開いたトロゼ街へ。坂道の奥、正面に昔ながらの風車のそびえるのが見える。これがルノワールの絵でも有名な「ムーラン・ドゥ・ラ・ガレット」で、絵に描かれた19世紀後半にはガンゲット(ダンスを楽しむ場)として賑わっていた。現在は一般公開されていない。
風車を仰ぐ形で右に曲がると、並んでもうひとつの風車「ムーラン・ラデ」。ここには現在レストランが入っていて、知名度の高い「ムーラン・ドゥ・ラ・ガレット」を名乗っているからややこしい。
風車をまわり込むようにジラルドン街に進むと、このふたつの風車の並ぶ地点がモンマルトルの丘の尾根になっていることが分かる。やがて「壁抜け男」の像のいるマルセル・エイメ広場。ここを右に折れ、ノルヴァン街を行けば、すぐに頂きの繁華街へと達する。
しかしここまで来たら、せっかくだから広場近くのシュザンヌ・ビュイソン小公園を覗いてみよう。子どもたちが駈けまわり、大人たちがペタンクに興ずる、パリのどこでも見受けられるような公園だ。
その中に、紀元3世紀、斬り取られた自らの首を抱えて歩いたという殉教者サン・ドニの像が目を引く。ここはサン・ドニが斬り落とされた自分の首を洗った場所だという伝説の地でもある。