丘の中腹にあたるアベス駅は、プラットフォームと地上出入り口の高低差が売り物。
健脚だと自信のある方は螺旋階段を登るのもいい。「丘」の高みを実感できること、請け合いだ。いきなり体力を消耗させたくなかったら、エレベーターを利用するに限る。
駅周辺の商店街は、地元住民と観光客の割合がほどよく入り混じっている。煉瓦造りの新しい教会前にあたる広場にはキオスク、小さな回転木馬が出て、学校帰りの子どもたちがおやつを頰張りながら木馬に乗っていたりする。
ここはかつて修道院のあったところで、その跡の一部は公園になっている。広場に面した公園を入ったすぐ左手に「ジュテームの壁」。さまざまな言葉の「愛の告白」で埋まっている。
フランス語、英語、アラビア語、ドイツ語、中国語‥‥もちろん、日本語もある。「愛しています」「大好き」‥‥世界中から集まったカップルが、自分の言葉を見つけては記念撮影するという仕掛け。
公園の奥まった狭い階段を登るとまた小さな緑地が開け、かつて修道士たちの瞑想の場だったのかと思えるほどの場。喧噪の中、すぽっとこういう空間の見つかるのが、歴史ある街の醍醐味だ。
ここから外に出て右手の階段を登りトゥロワ・フレール街に出ると、目の前には八百屋があって、映画好きなら、あれどこかで見たことがあると、既視感にとらわれるだろう。映画「アメリ」の、あの八百屋さん。2001年に公開された「アメリ」は、古典的名作というほどではなく最新モードというわけでもない。それでもいまだに人気の衰えないのは、成長するヒロインと舞台となるモンマルトルのコンビネーションの良さのせいだろうか。
街角での撮影にこだわり、モンマルトルの各地で実際にロケが行われ、いまだに丘に暮らす者、丘を訪れる者によって共有されているシーンがいくつもある。この八百屋もそのひとつだ。
トゥロワ・フレール街を左折するとエミール・グドー広場。展望台というほどではないが、ここからもパリの街を遠く望むことが出来る。階段をあがったマロニエの木立に面して、パリに出てきたばかりの青年ピカソの暮らしたアトリエ跡の表示がある。
洗濯船(バトー・ラヴォワール)と呼ばれたアトリエ集合住宅は残念ながら現存しないが、20世紀の初頭、ピカソ、ヴァン・ドンゲン、マックス・ジャコブ、アポリネール、ジョルジュ・ブラックなど、まだ若く貧しい芸術家たちが出入りし、活動の拠点とした。
木立を抜け、ラヴィニャン街をジャンバティスト・クレマン広場をまわり込むように登り、ルピック街を右手に進むめばもうそこはノルヴァン街、テルトル広場からサクレクール寺院にかけて、丘のいただきの繁華街となる。