丘へ(1):モンマルトル散歩日和

高いところがあれば登りたくなる、これは人間の本能かもしれない。モンマルトル。そこに丘があればいただきを目指し、見晴らしを確かめたくなる。

道筋はいくつもあって、それぞれの表情を宿しているから、そのときの気分に応じて選ぶことができる。まずは、表参道とでもいうべき最短にして最大のスケールを持つ直線的ルートから‥‥。

メトロ、アンヴェールで降りれば、すぐそこにいただきをうかがえる感覚。スタンケルク街は、軽食の店とキンピカの土産物を扱う店が並び観光客に隘れている。

浅草仲見世でも巣鴨地蔵前商店街でも、典型的な門前町はどこも似通っている。その似通った何かがノスタルジーを刺激する。土産店をひやかしながら街を抜けると、でーんとサクレクール寺院の巨大さが迫ってくる。

左側にはケーブルカーの駅があり、正面の緑地になった斜面には幾何学的に折れ曲がった階段が幾重にもつづいている。階段をのぼるにしたがってパリの遠景を目にすることができる。

緑地で休み休み階段を登るのもいい。なんなら途中の芝生に寝転び大の字になって。‥‥この解放感はたまらない。それぞれ思い思いのくつろぎを見せる。サンドウィッチでも頰張れば、立派なピクニック気分というもの。

ここで腰を据えてゆっくりそのまま、上まで登る気がなくなってしまったなら、それはまたそれでいい。

散歩をするときに、いちおうの目標は掲げても、目標に縛られる必要はない。達成されない目的地、いつでも裏切られる予定や計画。ぶらぶら歩きの本当の楽しみは、そんなところにあるのではないだろうか。

名物のケーブルカーを利用する手も、もちろんある。非日常的な乗り物を利用するのは、それだけで胸躍るものがある。勾配に合わせて高下駄を履いたような車輛が、斜面をゆっくり上下する。

ケーブルカーに沿う形の直線的な階段も、モンマルトルの丘を彩る重要なシンボルだ。たちこめる霧に街灯の光がぼうっと濡れるとき、傾いた陽の射し込む陰影‥‥それぞれが絵になる。

丘の高さの感覚、サクレクール寺院の圧倒的な大きさ、観光客を惹きつけるダイナミックな力を味わうなら、やはりこの表参道ということになるだろう。

丘と麓と:モンマルトル散歩日和 » 遊歩舎
モンマルトルはいつでも散歩日和。 マロニエの咲きそめる春、開放感に浮き立つ初夏はもちろん、熱い陽射しに閑散と物憂げな真夏も、重い雲に覆われくすんだ秋の夕方でも、積もった雪に足をすべらせ凍えて歩く冬の一日であってさえ。 パ …

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