子どもたちの仮面舞踏会

昼下がり、行く道の横手に見慣れぬ建物が見えた。中世風の塔に惹かれて中庭に入り込む。その奥にさらに庭が奥深く広がり、五月の緑を含んだ風が吹き抜けていく。

木陰にはベンチが用意され、読書する人、スケッチブックを広げる人、ただぼんやりと過ごす人‥‥。

いったいこの館は何なのだろう。その日は庭園を見るだけで時間切れ、「スービーズ館」という館の名前だけを記憶し門を出た。

古いパリを宿すマレ地区。ここには17、18世紀に建てられた貴族の館が多く残り、美術館や博物館に利用されている。スービーズ館もそのひとつ。今は国立古文書館として使われていることが分かった。

マリー・アントワネットの遺書

今日こそあの館に入ろう。

時計を見ると、ちょうど2時、午後の開館時間だ。

何百年の時を経た古文書類の匂いが襲いかかってくる保管庫から出ると、ルイ15世、ポンパドゥール夫人の時代、ロココ様式の部屋。スービーズ公爵と奥方の居室、サロンなど、そのまま展示室になっている。

装飾、調度品など、それだけでも目を奪われる中、歴史的人物たちの文書がさりげなく置かれている。マリー・アントワネットとルイ16世の遺書もある。直筆。二人それぞれの性格や書いた時の状況などが伝わってくるような文字、インクの染み。ルイ14世、ナポレオンの遺書、ジャンヌ・ダルクの手紙なども。

ルイ16世の遺書

盛り沢山。大鏡に映るシャンデリアを見つめてしばしぼんやり。不意に賑やかな子供たちのはしゃぐ声で我に返った。

就学前の幼児たちが可愛らしい仮面を被り、男女手を繋ぎシャンデリアのサロンに入って来た。さっき隣室の工作室で作っていたのはこの仮面だったのかと気づく。熱心に指導する女性から部屋の説明を聞いたあと、輪になって踊りの練習を始める。興奮気味で、なかなか指導通りには段取りが運ばない。見学者グループは微笑みながら目を細めて眺める。つい声をかける男性も。

突然、バロックの舞踊曲が流れ出し、仮面舞踏会が始まった。
18世紀、この館ではサロンや演奏会が開かれ、華やかな社交の場になっていたという。同じ場所で同じような体験を今、子供たちにさせている。

世界的名画を所蔵している美術館などでも、子供たちがデッサンしたり、幼児が寝転がりながらお絵かきをしたり‥‥指導されている姿をよく見かける。

文化的遺産をなるべく身近に触れさせその場で呼吸をさせようとする姿勢。大人たちは子供たちに文化や歴史を熱心に伝えようとする。こういう中で育てられたら‥‥と、情景を見ながらいつも感心させられる。

記憶すること、伝えること、その先に新しいものを築いていく力が生まれるのだろう‥‥などと考えながら館を出る。

火照った頭を冷やそうと中庭から奥の裏庭方向に歩く。空模様も怪しくなってきたせいか、ベンチに人影はない。

ポツッと一滴雨粒が頰に降ってきた。カフェに急ごう。