続・石が降ってきた:裁判とステンドグラスと

パレ・ド・ジュスティス中央、最高裁判所

その日、私と娘はシテ島のパレ・ド・ジュスティス(最高裁判所)の前に立っていた。

パリの中心、かつての王宮であったこの場所は、ステンドグラスで有名なサント・シャペルや牢獄として使われていたコンシェルジュリをも敷地内に抱え、高等法院の伝統をひいて現在でもフランス司法機関の中枢となっている。

金箔細工で覆われた鉄門が立ちはだかり、なんともいかめしい。威圧されぬよう、深く息を吸い込む。

突然我が家に石が投げ込まれ、ガラスの窓やテーブルが砕け散った日から3ヵ月。「連続投石事件」の裁判がこの中にある「少年裁判所」で間もなく行われる。

どこから入ればいいのだろう。門の脇にはサント・シャペルやコンシェルジュリ目当ての観光客の長い行列。係員に聞くと、並ぶ列は別だが裁判所と観光名所への入り口は同じとのこと‥‥。

入り口の行列

混み合った列をかき分け、裁判所用の列に並ぶ。通知書を提示、簡単な荷物検査のあと検問を通りぬけると、やっと観光客の喧騒から切り離される。奥まり古ぼけた棟の一角に「少年裁判所」はあった。

入念な荷物検査とボディチェックの後、待合所へ。スモック風の黒い法服をはおり、白いリボンのタイを胸元に垂らした人たちが、忙しく行き交っている。テレヴィのドラマでよく見掛ける判事、弁護士姿の群れ。

法服姿が多いわりに威圧的、権威的な空気は感じない。建物内は白い天井と壁のシンプルなオフィス風。金箔細工の鉄門から想像されるものからは遠い。

女性の判事、弁護士も多く、仕事前に同僚と気さくにビズの挨拶を交わし、当事者とのうち合わせを入念にしかもテキパキと進めている。雰囲気になれてくると、黒い法服も化学繊維らしきツルツルした布地に見えてきたりする。

被害者に届いた通知は損害賠償請求の希望者に出廷を案内するものだったが、我が家の被害は月々かけている損害保険内ですべて賄われ、3ヵ月の間に窓の修理も新しいテーブルの買いかえも終わっていたので、賠償請求する必要はなかった。

要するに出廷する必要など最初からなかったのだ、必要もないのになぜ出廷したのか。‥‥好奇心からだ。事件当事者が裁判日程の通知までいただけば、むくむく好奇心が膨れあがる。なかなかあることじゃない。

どんな裁判も一般市民に開かれていて、傍聴は自由だが、少年犯罪だけはその限りではない。未来ある未成年者に対する守秘義務があり、被害者にでもならなければ、この場所に立ち入ることさえできないのだ。

待合所に先ほどまでいた法服姿の関係者は、それぞれの法廷に移動したのだろう。誰もいなくなった。あとは被告人たちの保護者と被害者が残された。

待合所の隅、ガラス張りの小部屋に少年と法服官が向かい合って座っている。部屋内を公開し、目が届くよう工夫されている。法服官は被告人の少年に顔を近づけて熱心に諭すように打ち合わせをしている。神妙に話を聞く彼の顔に幼さが残る。

長椅子に待機している家族らしき人たち。父親とおぼしき男性が緊張した面持ちで周りを見回し、腕の時計に目をやる。

その時、手錠をかけられた14、15歳くらいの少年3人が、係官に連れられ目の前を通りかかる。突然の光景にハッとしたが、彼らは悪びれることもなく係官とにこやかに談笑。一人の少年は長椅子の家族に弟を見出し、手錠のまま足蹴りを食らわせ戯れている。注意されるでもなく、一団はほどなく奥の部屋に消えた。

同時に何件も開かれているから別件の可能性が高いけれど、投石事件の犯人もこのような少年たちなのだろう。年頃、3人組、イメージが重なる。無邪気な悪童たち。

2階に上ると会議室のような部屋が並ぶ。その一室で我々の裁判は進行中、部屋の中にはむろん入れない。「連続投石事件」はメトロ駅などで無料配布されているタウン紙にもニュースとして掲載された。賠償請求の必要な被害者たちが、弁護士といっしょに室外で待っている。公判終了後、少年たちの親と交渉をするのだという。

交渉の必要のない私たちはもはや部外者。これ以上ここにいる必要はない。見るべきは見た。好奇心も満たされたが、印象に残るいくつもの光景から、私たちの身の上に起こった事件を初めて理解できた気がした。

出口の門に向かって歩いて行くと、途中にサント・シャペル礼拝堂の入り口が見える。誘われるように自然と体が吸い込まれていく。

高さ15メートルもの壁全体がステンドグラスで覆われ、太陽光を通して青や赤の色彩が映える。五彩のガラスで織りなす聖書の物語、執念とも思えるほどに神々しく演出された聖なる空間。13世紀、敬虔なキリスト教徒の聖王ルイが聖遺物を納める場所として建てたのがこの礼拝堂だという。

先刻まで事件の被害者として裁判所にいた私たちは、今や観光客の群れに混ざりこんで光の魔術に圧倒されている。

万華鏡の中に迷い込んだような美しさの中で思う。隣り合う司法機関と礼拝堂、警備の目を光らせながらも同じ入り口から人々を迎え入れるパリという街の愉快、不思議さを。

石が降ってきた » 遊歩舎
今年の1月末、一通の封書が届いた。差出人はパリ少年裁判所判事。 被害者の皆さまへ 連続投石事件の被告人、出廷日のお知らせ とある。 昨年11月~12月にかけて、パリ市内で起こった連続投石事件の裁判が少年裁判所の法廷にて行 …

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