今年の1月末、一通の封書が届いた。差出人はパリ少年裁判所判事。
被害者の皆さまへ 連続投石事件の被告人、出廷日のお知らせ
とある。
昨年11月~12月にかけて、パリ市内で起こった連続投石事件の裁判が少年裁判所の法廷にて行われます。被害を受けられた方は以下の方法により損害賠償を請求する権利があります。請求されたい方は必要書類をご用意の上、当日裁判所法廷にお越しください。
日程は1ヵ月半後、場所は「パリ1区パレ大通り4、パリ控訴院少年裁判所」、最後に判事の署名、その上にパリ大審裁判所の印が押されていた。
昨年11月、夏時間から冬時間に切りかわり、日没の早い夕暮れに事件は起こった。陽は沈み、部屋の灯りをともしたころ、突然、窓ガラスを破って異物が投げ込まれた。続けて2発。
外出中の私の手の平でケータイが激しく震え、要領をえぬ娘の声。「隕石が降ってきたみたい」‥‥。「いんせき‥‥」、事情を飲み込めぬまま即刻帰宅。
部屋の中には信じられない光景が広がっていた。画家のアトリエ用に設えられた住まいは天井の高さ2階分、外光が存分に入るよう上半分は窓になっている。カーテンは空いたまま、灯りは煌々。夕闇を映す窓ガラスに穴が二つ、床には一面ガラスの破片が散乱していた。
椅子に腰掛け作業していた娘の目の前を、何物かが勢いよく弧を描きガラス製テーブルに落下、ゆっくり亀裂が広がると、よじるように床にくずおれた。寸分おかず、再び何かが風を切るように彼女の左肩をかすめて床に転がる。近づいて見るとこぶし大のゴツゴツした石。いんせき‥‥。まさか。
とりあえず警察に通報。対応が鈍いと聞いていたフランスの警察だが、ほどなく警官2人が現場検証に来てくれた。最近この界隈で同じような事件が何件も起こり、この建物内だけでも6件、2回被害にあったお宅もあるという。
明日の朝、警察に行き状況説明をして被害届を出すように。警官は床に転がっていた二つの石を無造作にビニール袋に入れ、証拠として持ち帰った。
うちの住む建物の敷地より一段高いところに、かつての鉄道の廃線を利用した遊歩道が続いている。鉄路を残し、自然のままに植物、昆虫、野鳥、リスなどと共存させる憩いの場。枕木の間にはバラスト、荒っぽく砕かれた石ころがゴロゴロ敷かれている。
犯行はいずれも陽が落ち暗くなった時刻。犯人は遊歩道から灯りのともっている窓めがけてバラストを投げ込んだものらしい。犯行現場には大きなパチンコのような道具が落ちていたとも聞いた。治安のいい地区だったので警察も警戒の対象外だったとか。
我が家を特定、狙い定めたわけではないと分かりホッともしたが、少し角度が違えば娘の頭を直撃したかもと思うと笑い事ではなかった。
金属製の桟にはめ殺しになっている縦長ガラス12枚の窓。100年ほど前に製造され表面の波打っている古風なガラス、今は製造されていないもの。柔らかい陽光を居間にとどけてくれていた。
材質のせいか年月で変質したもろさのせいか、障子紙にこぶしを突き刺したように、ぽっかり丸く穴が空きどこか間が抜けている。応急処置で塞いださまは痛々しくもあれば滑稽にも見える。
遊歩道を歩いて我が住まいがどう見えるか、犯人の眼差しで眺める。木陰から丸見えの広く大きい窓は標的として最適、その上バラストは豊富、条件は揃っている。
仕事を終えた人々で街のざわめき始める初冬の夕暮れ、窓には暖かな灯りがともり夕餉の支度が始まるころ‥‥暗がりから石を投げる。一瞬の緊張。一発目成功の爽快感。
投げたくなる衝動を、分からなくはない。思いがけず命中率のいいことに昂揚感をおぼえ、あたりが闇に包まれると血が騒ぎ出す‥‥。
それでも、遊歩道沿いに被害が13件に達したと聞いたときには、全身がこわばった。奇妙な「事件」を半ば楽しんでもいた気分が一転、どんな人物が行為を繰り返すのか気味の悪さがつのった。
陽が落ちるやカーテンをきっちり閉め、石つぶての音がしないか耳をすませた。几帳面なポルトガル人の管理人は、真剣な面持ちで入り口に注意を呼びかける張り紙を貼った。
事件捜査はどうなっているのか不安になりだしたころ、警察から犯人が捕まったと知らせがあった。クリスマス・イヴの数日前だった。現行犯逮捕。懲りずに投げ続けていたらしい。同じ地区の未成年男子3人組。親の監視下、謹慎中ということで、それ以後犯行はぴたりおさまった。
無邪気さが残ったまま悪ふざけ、いたずら心が過ぎてしまった思春期の少年たち、そんな像が浮かぶ。あのパレ・ド・ジュスティスがどんな判決をくだすのだろう。少年犯罪は保護更生に重きがおかれ、未来あるものとして守秘義務が守られる。細かな情報も被害者には知らされない。
あれから一年。遊歩道の木々は葉を落とし、年代物の窓ガラスは陽光を反射して冬の空を映し出す。