「凱旋門」、または大気の重さ

長く絶版になっていたレマルク「凱旋門」が電子書籍で簡単に読めると知って、無性に読みなおしたくなった。

何十年も前、カルヴァドス(林檎のブランデー)と出会ったちょうどその頃、カルヴァドスを味わうならこの本を読まなくては、と行きつけのバーのご主人に教えられて目にしたものだ。

‥‥主人公であるドイツ人外科医は、反ナチス活動でゲシュタポに捕らえられ、直接自分が拷問を受けるのみならず、目の前で愛する者が拷問を受ける姿を見せつけられる。そののち彼女は自ら命を断ち、強制収容所をからくも脱出した主人公は国外に逃れ、多くの逃亡者同様パリへと流れ着く。

凱旋門にほど近く、旅券を持たぬ避難民、越境者の集まるホテルに身を落ち着け、開業医たちの「補助」、実際の外科手術を安く請け負うことで収入を得る。警察の動向を計りながらの不安定な生活ではあるけれど、当座の食うには困らない。‥‥絶えず「逃亡」を背負った、不安定なりに静かな日々を、綱渡りのようにつづけていた。

そんなある日、行き場を失った逃亡の果てに、セーヌに飛び込もうとしていた女を助けるところから、あやうい愛は始まる。

イタリア語を母語とする女はさまざまな民族の血からなる、一途でピュアな精神と無邪気なまでに抑えがたい野性の間で揺れていた。そんな女に惹かれるだけの情熱、熾火のように燃え上がる想いの強さを見出し、男は自分自身に呆れ果てもする‥‥。

洒落た会話の繰り出される、いくぶんセンチメンタルな恋物語との記憶があった。

読み直してみて、我れながらとんでもない記憶だと自嘲の笑いを浮かべざるを得ない。‥‥歳月を経た感受性の変化だろうか、多少は読解力が増したせいだろうか、それとも読書する時の背景に横たわる状況の相違によるのだろうか。

これだから再読はおもしろい。読み返すことで、はじめて作品に寄り添えた気になれることがある。

この作品に描きこまれているのは、第二次大戦前夜、膨れ上がっていくナチスの野蛮と猛威を意識しながら立ちすくむ世界、パリという名の街の空気だ。その、圧倒的な大気の重さだ。

スターリンのロシアから逃げ出し、モンマルトルのキャバレでドアマンをしながらいつしか年を経た者。逃亡者たちにとって垂涎の的であるアメリカ国籍を持つ富豪の女性は、優秀な外科医の腕をもってしても救いがたい死の病に冒されている。

社交界の大物たちを顧客としながら腕の方はからっきし、難かしい手術となると主人公に丸投げする有名開業医は、密入国の弱みにつけこんで「下請け手術料」を値切る。性病検査で出入りする娼館の、貴族のような経営者マダムと素顔の娼婦たち。

どういうコネクションがあるのか、旅券のない者たちが吹き溜まりのように集いながら警察に踏み込まれぬホテル。定期的にパリに潜り込んでは「工作」の任務にあたるゲシュタポは、その合間を縫ってちょっと息抜きの助平心をはばたかせる。

ここには、粒よりの登場人物とエピソードがちりばめられている。

それぞれ逃げ場を失ったドイツ人医師とイタリア語母語の女優が、漂着したパリで出会い、惹かれ合い、身をよじらせる愛を縦糸に、数々のエピソードと登場人物たちを横糸に織りなされるのは、時代の空気感だ。

みなが明らかにおかしいと感じている。それにもかかわらず、その状況を変えられずにいる。仲間うちで語り合うことはあっても分断され、孤立し、個別に逃げ出すだけが精一杯で、動きも何も取れぬ状態に陥っている。

少し前なら信じられぬ状況、少し後でも信じられぬ状況、「病気」としか呼びようのない時代を生きている。

そんな大気の重さが伝わってくる。‥‥そう読み取ってしまうのは、今また途轍もなく病んだ時代を生きている証しでもあるのだろうか。

フランスがナチスのドイツに宣戦布告することで「戦前」が「戦中」になったとき、それは多国籍の密入国者たちの別れのときでもある。たとえばドイツ人医師とロシア人ドアマンの場合はこんな具合に‥‥。

戦争が終わったらフーケのテラスでまた会おう。‥‥シャンゼリゼの方か、ジョルジュ5世の方か。‥‥ジョルジュ5世の方で。

九十九パーセント可能性のない再会の約束だと互いに知っているからこそ、30分後の待ち合わせのように語られねばならない。

凱旋門正面に向かうシャンゼリゼ大通りとジョルジュ5世街の角にある、赤いシェードで有名な大型カフェ、フーケはこの界隈を代表する場所で、この作品中にも幾度となく登場する。

現在でもランドマークとして華やぎのある老舗カフェ、と言うより今やブルジョワかお金に糸目をつけぬ観光客たち御用達の高級レストランといったイメージが強く、ジレ・ジョーヌの再三にわたる焼き討ちの対象にもなった。

いずれにせよ、あまり縁のない場所ではある。‥‥それでもジョルジュ5世街に面したテラス席で、出来ればカルヴァドスを一杯やるのも悪くない。あの時代と現在を響き合わせるためにも。‥‥そんな想いを抱かせられたのは確かだ。