いつまでパリに:去りどき帰りどき

パリに暮らして6年経った。

「永住する気なの」「いつ帰ってくるの」と問われることが多くなった。‥‥いやあ、特に決めてないよ。今の段階ではそう答えるしかない。そう答えながら、歯切れ悪いなと我れながら感じる。

立て続けに、パリ在住40年に及ぶ方がたの帰国の報が入ってきた。画家だったご主人を亡くされた方、同居していたまだ若いお嬢さんが急逝された方。いずれも歳を重ね、ひとりパリに暮らすことにピリオドを打たれたという。

住み慣れた異国と、40年ぶりの故国とどちらを選ぶのか。ひとりひとりの持つバックグラウンドによって、それぞれの「生」が凝縮される問い掛けだ。海外に暮らすとは、この問い掛けの日々と言い換えられるかもしれない。

去りどき帰りどきというのはあると思う。

シャンソンや映画について、ひと通り楽しくお喋りしたあと、パリ生活の大先輩は「まだ帰らなくても大丈夫だね、家内とそう確認し合うのが毎朝の日課です」と笑いながら語った。

80歳と言っても個人差がある、頭の回転の速さは40代と言ってもいい、歩く足取りも軽やかで早い。お茶目な冗談を連発して腹の底から笑う氏は、ボランティア活動はじめ多くの趣味をこなし、フランス人の人脈も厚い。‥‥そんな氏がこういうのだから驚いた。

もう半世紀近いお付き合いのこの街に、今もこうして暮らせることを幸せに感じていますよ。写真と映画が生き甲斐でね、街を歩きまわって撮影し、するっと映画館に入る。割引カードを作っていて何本観ても同額だから、観れば観るほど得。最近じゃジャンルもタイトルも問わずに観る。

こうして観ているとね、思わぬ発見があるんだな。今まで見落としてきたな、というような発見が。‥‥これまたパリならではの日々だと感謝してますよ。

大手メーカーに勤め駐在員としてパリに赴任、子どもを育てるならこちらでとの奥さんの希望で家も購入、駐在期間を終えた後は逆に日本に単身赴任、出張、休暇でちょこちょこ家族再会、定年後にやっと落ち着いたのだという。

お子さんたちはこうしてみなパリで育ち、就職、独立。‥‥それでも最後はふたりで帰る、土に戻るために。夫妻の合意事項なのだそうだ。

それぞれの去りどきがあり、帰りどきがある。それはそうだとして、それではそもそも去るとは、帰るとは‥‥。その意味の根本からして揺らいでくる。

こちらで何かを学びたい、吸収したいと目的意識がはっきりしていて、フランス暮らしはひとつの段階、課程と整理しているひとは、達成感を得たところでさっと帰国する傾向が強いんじゃないですか。

それに比べて、特にフランスという必然性を持っていたわけではなかった人間が結果的に住み着いてしまっている、周りを見るとそんなケースが多いような気がしますな。

旅行社OBのムッシュは言う。‥‥彼にしたところでロンドン勤務だったのが、いつしかパリに住み着いていたのだそう。日本人がありのまま、そのまま日本人として気兼ねなく暮らせるのはなんと言ってもパリなんじゃないですかね。

ムッシュにとって、帰るところはもはやパリなのだろう。それは、この街がいかに外国人を受け入れ、混ざり合い刺激し合うことで成り立ってきたかのひとつの例証にもなる。フランス社会を語るうえで興味深い証言ではあるけれど、この点については別の機会に譲ろう。

‥‥文化や生活伝統の違いを意識していたか、していなかったかは別にして、軽々とそれをクリアしている例も多い。たとえば日仏カップルで歳月を重ねてきた人びとの中には、もはや「去る」「戻る」の感覚などない、ふたりで築いた場こそ本来的な「居場所」だとでもいうような。

社会的規範や制度との兼ね合いで言えば、自分を偽って生きねばならぬ苦しさから逃げてきたゲイの方々ともお話ししたし、仕事と育児を両立できぬ悩みから、思い切ってこちらに渡ってきて正解だったと笑う母子もいる。

そうかと思えば、10歳で両親に連れられ渡仏、エリート養成コースであるグラン・ゼコールまで卒業し、フランス人女性と結婚、子どもをもうけた後、日本で就職し直し家族を連れて帰国した例も聞く。

母語が日本語の彼は、どこかでずっと無理して生きてきたのかもしれない。一度、自分の母語の地で思い切り解放されて暮らしてみない限り、分裂しかねない自分を抱えていたのだろうか、などと思ってみたりする。

人間は複雑な生き物なのだ。どう考えるべきか未消化のまま6年が過ぎた。

とてもじゃないが、自分の去りどき、帰りどきまで想いがいたらない。それが正直なところ。‥‥こうして時は積み重なっていくのだろうか。

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