もののはずみ:シャンソンを習う①

一日コンスタントに20本、30年にわたって吸ってきたタバコの本数が次第に減り、いつしか吸う気が失せた。自慢ではないけれど禁欲・節制という発想パターンを取ったことはない。禁煙などもちろん。それが、自然にタバコから遠ざかった。

衣替えのたびに抱く、前年のズボンを無事穿けるかとの懸念をあっさりスルー、どころかぶかついて感じられる。要するに瘦せた。こんなことは初めてだった。三百六十五日アルコールを抜いた日はないし、食生活に変化があったわけではない。

そして声が嗄れる。話している途中で空気が漏れて、声に力が入らない。‥‥三つの事象が重なると、正直言ってイヤな気分になった。54歳。ちょうど母の享年でもあって、さすがに一度病院で検診を受けようという気になった。

あやしげな数値をふりかざす医療検査など信用しないと日頃言い張っていたのが、このときばかりは殊勝にさまざまな機器の許に身を横たえた。挙げ句、不安におののきながら耳傾けたご託宣は「更年期」障害。女性だけではなく男性にも、大きく体調の変化する時期があるとのことだった。

声帯周囲の筋肉の衰えも指摘され、これは声を出さず声帯を使ってこなかったからで「ボイストレーニングするしか対処法はない」と宣告された。カラオケも好きではなかった、意識的に声を使う機会など滅多に持たぬ生活だった。

そこでハタと考えた。‥‥還暦退職後にしばらくフランスで生活したいとの希望を持っている。希望を持ったはいいけれど、勤め人の悲しさでフランス語を身につける時間的余裕がない、というのは言い訳で、勉強嫌いで学習意欲が湧かない。‥‥ならば、いっそフランス語でシャンソンを習うのなんてどうだろう。一石二鳥ではないか。

音楽と言えばバックグラウンドミュージック、ジャンルを問わず聞き流し専門、楽譜も読めないというのに無謀な選択をしたものだ、と気づくのは後になっての話。このときはグッドアイディアとばかりネットを見ると、これほどあるのかと驚くばかり、シャンソン教室の数は多い。

その中から選び出したのがマダム長坂の教室だった。銀座で経営するシャンソニエの昼間や土日の空き時間にも教えるが、自宅でも個人レッスンを受け付けるとのこと。この自宅がなんと散歩がてら歩いていける距離ときている。これなら気軽に通える。

しかも経歴からして本格派。芸大声楽科卒業後大学院、在欧8年オペラ歌手として研鑽を積んで帰国、芦野宏に師事してシャンソンに転向したというようなことが書いてある。フランス語の正確な発音を目指すとも。

とにかく一度シャンソニエを覗いて、実際に唄を聞いてから決めることにした。銀座並木通りは新橋に近い、狭いのっぽビルの小さなエレベーターにのって、白く塗られた扉を押すやバルバラの唄が聞こえてきた。

びっしり詰めても20人は無理だろうと思える店内に7、8名の客。小柄でほっそりした体格ながら豊かな声量、とかくオペラ出身者というと声が澄んで綺麗過ぎ、味わいに欠けるうらみがあるけれど、ほどよくかすれて野太いところがいい。

唄を終えつかつか近づいてくると「長坂玲です、はじめまして」。‥‥このときの印象を忘れられない。ドレスに黒髪をアップして端整な顔立ち、澄ましていれば格好のつくものを、タバコぷかぷかワハハと歯茎を剝き出し豪傑笑い、角栄の娘、田中真紀子を思わせるものがあったからだ。

ひとりの存在の中に、いくつものイメージのずれが重なる。シャンソン歌手として、それは恵まれた資質なのではないかと感じた。その後、彼女は芸名としてフランス人ミュージシャンのつけたリリ・レイを名乗ることになる。それもまた、彼女の演ずるイメージのひとつとなっていくのだろう。

勤務先の出版社はフレックスタイム制を採用していたから、月に2度ほど、午後出社で構わぬ日の午前に自宅へうかがいレッスン。と、車で送ってくれていた家内まで、いつの間にか一緒にレッスンを受けるようになり‥‥。

まずは背筋を伸ばし、深く息を吸い込む。腹筋を使ってゆっくり腹の底から息を吐き出す感覚。口はだらりと力を抜いて、ベロを垂らして。「恥も外聞も捨てて、人前にさらしたことのないベロをさらす、よだれを垂らしてもいいの、肩のチカラを脱いて‥‥」。

夫婦そろってバカまるだしの図。

こうしてレッスンは始まった。

とりわけ、戸川昌子へ » 遊歩舎
愛川欽也、野坂昭如、戸川昌子、永六輔、大橋巨泉‥‥耳許を流れるラジオの声から生まれた親しみは、また格別のものらしい。このところつづいた訃報に接するたび、聴覚を通じて入り込んできた人びとについて考えさせられる。 声のトーン …

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