柿を食う

パリ近郊にお住まいの日本人マダムから干し柿をいただいた。庭になったものを皮剝きし、陽に干した手製だと言う。

カチカチに乾いたものではなく、半分なまのゼリー状で口に入れると果肉がふるふるふるえる。甘く柔らかに鼻に抜ける味わいが懐かしい。朱に色づいた実を吊るし柿にしている光景を浮かべるだけで、はるか郷愁を呼び覚ます。

七五三のお祝いにと、静岡の祖父母が柿の木と蜜柑の木を植えてくれた。当時の東京の風土に蜜柑の方は無理だったのか、やがて枯れてしまったけれど、柿の方は大きく育った。高く伸びた枝に、小粒ながら甘く汁気の多い実をつけた。

もろくて折れやすいので上ることは禁じられ、収穫に四苦八苦したものだった。運び出した椅子の上で背伸びしてもいだり、枝を揺すって落としたり。

そのうちのいくつかは、四つん這いでスタンバイしていたポロがすかさず口にくわえ、犬小屋に運び込む。‥‥見知らぬ訪問客には尻尾を振り、家族には吠え付く仕方のないヤツだったが、まんざらバカではなかったのだと思う。

三十代になって引っ越すまで、柿の木は、秋を語るに欠かせぬエピソードを提供してくれた。

日本昔話、おとぎ話の世界で、平和な村の秋。たわわに実った稲の穂を刈り、よっこらしょと腰を伸ばすと、夕焼けを背景に柿の実が朱くつやつや木々に輝き、カラスが鳴きながら鎮守の杜の方へ飛んでいく‥‥。

紋切り型と笑われるのを覚悟で言うと、絵本をひろげる年齢になって以来刷り込まれてきた光景がそこにはある。

稲藁と干し柿、蜜柑とするめ、餅。それからもちろん酒。正月飾りをはじめ、年中行事と密接不可分に結びついていた。われわれの祖先の身近にあって、尊いもの。

そう言えば、サルカニ合戦の話にも、柿は重要な小物として登場する。おにぎりと柿のタネ。一時的な贅沢に対して、育て上げるべき将来的な財を意味するのだろうか。

口八丁手八丁、柿の木にするするのぼり、自分だけ実を口にするサルのキャラクターは分かる。しかし、カニはいかがなものだろう。おにぎりを持っているカニ、柿を育てるカニ。サルとカニの組み合わせからして妙だ。

もっとも、サルに復讐するカニの援軍が、栗とか臼とかハチなんていう連中だった。この奇想天外な仲間たち。子どもの頃には案外すんなり読み進めていたけれど、引っかかるとなるとひっかかる。この話、タダモノではないのかもしれない‥‥。

‥‥日本人だと見当をつけると、果物屋のオヤジはにっこり微笑み「カキ」と指差す。フランスでも柿はカキ、かなりおおぶりな品種で、まあ話題のタネにと買い求めたところ、これがどうしてどうして、なかなかのもの。今やすっかり国際派の果実であることを知ったのは、何年前のことだっただろう。

柿くえば鐘が鳴るなり法隆寺。言わずと知れた子規の句に誘われ、柿の色づく飛鳥を旅したことがある。築地塀の上から実の重さで折れそうになった枝の突き出す道を歩きながら、なるほど柿と法隆寺の相性は絶妙だと感心したのを思い出す。

梅原猛の「隠された十字架」を読んだばかりの頃だった。法隆寺は御霊信仰にもとづく聖徳太子一族の鎮魂、封じ込めの寺だとする論考は刺激的で、一度訪ねてみなくてはと感じていた。それが柿の季節に実現したのだった。

寺に近い民宿に泊まると、その夜次から次へとつらなる悪夢に幾度も目覚めた。浅い眠りはまたまた悪夢に食いちぎられる。疲れ切って朝を迎え家人に話すと、ふだん安眠熟睡派の彼女も寝つけなかったという。

気になって、なんとなく宿の主人に尋ねると、もともとその家は法隆寺の域内だったところに位置するのだそう。もとより霊感などとは無縁なタイプだから、何か具体的な啓示を受けたわけではない。しかしなんらかのエネルギーはとどこおっているのかもしれない。

ぼんやりとした頭のもやもやを吹き払うように、早朝の中宮寺はすがすがしかった。まだ観光客の訪れない、掃き清められたばかりの寺院。秋の透明な陽射しが斜めに視界を走る。空気そのものが清冽な輝きと感じられる。このとき見た弥勒菩薩半跏思惟像の美しさは忘れられない。

‥‥想いと記憶はさまざまな方向に枝分かれし、枝分かれした先に、また思わぬ光景が浮かび上がってくる。

柿を食う。

柿を食うとはこれらすべて、枝分かれした想いの先々に見えてくる光景そのすべてを想い起こすことだと感じる。

すべてを想い起こし、そこにさらなる光景を付け加えて。

柿を食う。こうしてパリ近郊産干し柿が新たに加わった。

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