寿司とクロワッサンと

パリの街には寿司屋が多い。それもここ10年で雨後の筍のように増えた。向こう三軒両隣すべて寿司屋とまでは言わないけれど、とにかくどこの街区でも見かける。「江戸前寿司もどき」の奇妙なものの多いことも確かではあるけれど、サシミ文化がここまで受容されている証拠にはなる。

魚屋の店頭には上質なマグロやタイ、スズキの鮮度のいいものが並ぶし、コメだって以前はピラフ、パエーリャに適した長いさらさらのものしか手に入れにくかったのに、日本のコメが当たり前に栽培され、当たり前に流通している。

還暦を超えた夫婦がふらり住み着いても特に違和感は覚えない。もちろん言葉の壁は高く厚く、こちらで語学学校にも通ってみたものの、日本語さえなかなか単語が出てこず「あの」「あれ」「あそこ」ばかり用いるようになった年齢で、あらたな言語体系が身につくわけもない。まず、意味ある言葉として耳に入ってこない。

この不自由さ、情けなさは日々痛感するところではある。しかし、そうであっても、こと生活という面では何とかやっていける。何とかどころか、実に刺激的な毎日を送っている。

多様な人種と文化がこの街では共存している。パリジャンの持つ基本的に開放的で、市民として尊重し合う気風が根本にある。言葉の分からぬ人びとが世界中から集まって生活しているから、言葉の不自由さをそもそも認めてくれている。そして日本文化と日本人に対する敬意と関心の深さのあることが、さらに気分を楽にしてくれる。

日本に暮らすフランス人から、アジア近隣を除く欧米系でもっとも多く日本に住みついているのはアメリカ人でもイギリス人でもなく、フランス人だと聞いたことがある。何年か前の話だから現在もそうであるかは知らないが、カフェのオヤジから二子玉川に住んでいたことがあると自慢げに話しかけられたり、メトロで乗り合わせたムッシューが日本語会話の入門書を読んでいたりなど日常茶飯事だ。

パリ暮らし40年、50年という先輩方にうかがった話をまとめると、だいたい次のような流れらしい。

先輩方が暮らし始めた60年代70年代、日本を知るのは本当に一部の限られた人びとだった。知識人、好事家か貿易、金融、報道など仕事上必要のある人、特定分野の専門家、たとえば美術、工芸、映画、柔道、空手、料理、服飾、カトリック関係者‥‥。

その、限られた彼らはそれでもこう言うんだよ。日本文化とフランス文化の中にはどこか通じ合う感性がある。まったく違う文化を持ちながら、分かち合えるものがある、とね。

そういうもんかな、こっちの片想いではなかったのかな、と感じながら緊張しましたよ、そういう言葉。だからちょっと彼らに会うなんていう前には、お茶と禅、谷崎潤一郎、黒澤と溝口の映画についておさらいしましたね、必ず話題に出ると身構えて。

それが80年代にはテレヴィでアニメが流れ、子どもたちが手塚治虫や藤子不二雄に夢中になって、あっという間にマンガのブーム。日本の日常社会をコンパクトに紹介することにもなった。

ジブリのアニメは当たり前に受け容れられ、コスプレがブームになり、谷口ジローの、日本人の読んでも難しい作品が、サン・ミシェルの本屋の店頭に平積みされている。これほど日本に対する知識と理解度、関心が一般化しているのかと本当に驚いた。

現在のフランスの中堅となっている40代は、この子どもの頃日本製のテレヴィアニメを見て育った世代。消費、購買、教養、教育、すべての面で社会をリードしている年代です。寿司屋、ジャポン・エキスポ、コスプレ、カラオケ‥‥決して偶然の産物ではないんですよ。

若い世代からはこんな話も聞いた。デートでちょっと背伸びして、ガールフレンドを連れて行くのは、ちゃんと修業した板前が庖丁を握る本格的な和食レストラン、そこで日本酒を飲みながら巧みな箸さばきを見せつけ、薀蓄を垂れる。それが格好いいことと映るのだと言う。

ちょうど、われわれが女の子をフランス料理屋に連れて行ったのと同じことが起こっていることになる。にわかに信じがたくはあるけれど、13区の中華料理屋でも、あのつるつるすべる長い箸でチャーハンをつまんでいる青年を見かけるくらいだから、箸さばきについて特訓、修練を積む若者が多く存在することだけは確からしい。

日本人の恋人がいる、パートナーが日本人、というのにもどこか誇らしい感覚を持つようですよ。と、これはフランス人女性と家庭を持った初老のオヤジ。彼自身はアヌーク・エーメ、ジャンヌ・モロー、フランス人女優に憧れて渡ってきたクチだから、ほう、それぞれだねえ、と眺めているそうだ。

ただ、とフランス社会の中で生きてきた彼はつづける。せっかく日本文化に興味を抱き和食に関心を持っている連中に、本物をいかに提供し見せてやれるか、味わわせてやれるか。今が大切ですよ。下手したら一過性の流行に終わってしまう。根を張れるかどうかの瀬戸際でもあるでしょうね。

さまざまな社会現象を見てきた人物の発言だけに説得力がある。うどん、蕎麦、とんかつ、から揚げ、お好み焼き‥‥手軽なファストフード中心に、個別ばらばらに移入されても、体系だった和食の全体像のようなものは伝わっていないのではないか、との思いも拭えない。

もっとも食文化と日本人というテーマでいうなら、それとはまったく別の事態も進行していることに注目しておきたい。

一流のフランス料理レストランの厨房を覗くと、かなりの確率で、そこには日本人の料理人が働いている。菓子職人、チョコレート職人、パン焼きの分野まで、数多くの日本人が進出し、高い評価を受けている。

寿司屋はとっくに日本人だけのものではなくなり、おいしいクロワッサンを焼くのは決してフランス人だけではなくなっている。特別な現象と驚くにはあたらない、ごく自然な流れとして。

感受性が交錯し、文化が越境し合う。

ここパリで起こっていること。それをひと口で言えば、そういうことになるのだろう。

セージさんのこと:パリの日本人 » 遊歩舎
今までの人生でもう充分に飲んだってことなのかね、アルコールを欲しいと思わないんだよ。‥‥いつになく待ち合わせに遅れてきたセージさんは照れたように笑うと、カフェクレームを注文した。 遠慮なくアペリティフをやってくれ、キミの …
いなかモンはヤだねぇ » 遊歩舎
いなかモンはヤだねぇ、と言ったら、東京に生まれ育ったっていうだけで地方出身者を差別するんですか、と青筋立てて抗議されたから驚いた。 東京は神田で産湯につかろうが、大阪の船場で育とうが、ニューヨークで仕事しようが、ミラノで …

返事を書く

CAPTCHA