スッチーの味方です

久々に日本の航空会社便を利用したときのこと。

エコノミークラスの最後尾、通路に面していくらか広め、トイレも近いし飲み物などを用意してあるコーナーにも近い。満席だというから、何時間にも及ぶフライトでこの座席を確保できたのは幸いだった。

離陸後しばらく、若いスチュワーデスが恐縮しきった表情で話しかけてきた。‥‥夕食は洋食風、和食風の2種類からお選びいただけるように心がけておりましたが、和食風をご希望のお客さまが多く、洋食風のものしかご用意できなくなってしまいました。

別にどちらでも構わなかったので、いいですよ、と軽く応えたつもりだったが、「ありがとうございます」「申し訳ございません」とやたら丁寧に挨拶を繰り返す。

お飲み物は、と聞かれてワインを注文すると「よろしければ」ともう一本小瓶をサーヴィスしてくれた挙げ句、おつまみももうひとつ。かえって、こちらが恐縮してしまう。

以前に比べて機内食もおいしくなった。ハムサラダとチーズでワインをやっていると、年配の責任者のような女性が先刻の若いスチュワーデスを従え、つかつかこちらにやって来る。

目の合った瞬間、腰をかがめてあらためてお詫びの言葉を述べられたのには驚いた。プロの見せる礼儀作法の見本のような立ち居振る舞いに目を見張りながら、そんなに重大な過失があったのか、いったい何が起こってしまったのか咄嗟には理解できない。

たかが、和風味付けとやらの機内食が品切れになっただけのこと。別にそれを期待し食するために、この飛行機に乗ったわけではない。

もしかして、誰かと間違えられているんじゃないか、と首をひねるが思い当たらない。無精髭を生やしたあやしい風体に、そちらの筋の方がたと見なされたのか。

こうなってくると、客室サーヴィス係の人びとの動きがいやでも気になってくる。薄眼をあけたり、横目を使いながら、なんとなく観察してしまう。男性の係員の姿は見えず、全員女性なのはたまたまなのか。

華奢な体つきで笑顔を絶やさず、てきぱきと感じられるのは、ドイツやフランス、イギリスの会社の乗務員に比べて平均年齢が若いせいだろうか。無性にけなげに感じる。‥‥けなげを通り越して、いたいたしくさえ映ってくる。

神経を張りつめ一所懸命。硬くなりそうな表情を笑顔でゆるめて、毛布を要求する老婦人のもとに素早く駆けつけ、ツア帰りの団体客のところにはビールのお代わりを運び、鳴き声をあげそうな赤ん坊がいれば母親をフォローする。

しかし、どこかぎこちない。動きも表情も何か不自然、開放されていない。本当の感情を押し隠してロボット化している。マニュアル化しているというのか、これが他国の航空会社乗務員と大きく違う印象を与える。

鼻の下のヒゲの濃い筋骨隆々としたおばさんが、にこりともせずサンドウィッチとビールを配る、配り終えれば仲間内での談笑。なんていう光景に慣れると、ぎこちないひたむきさは、そこまでやらなくてもと声を掛けてやりたくなる。

小学生だったン十年前、同級の女子の多くにとってスチュワーデスは、憧れの職業だった。目鼻立ちくっきり市松人形に似た、初恋の美少女もスチュワーデス志望で、以来、スチュワーデスと聞いただけで条件反射のように眩しさを覚える。眩しさを覚えつつ50年以上の歳月を生きてきた。

かつてのスチュワーデスはもっと堂々、肩で風を切って歩いていたように思う。もっとおおらか、もっと個性的、もっと生き生き、もっと楽しげだったのではないか。

と、思いをめぐらしていてハタと気がついた。‥‥これはモンスター化したお客、クレイマーのせいに違いないということを。

何事によらず無理難題をふっかけ、いちゃもんをつけるクレイジーな客というのは、いつの時代にも存在するものかもしれない。しかし、このクレイマーと呼ばれる種族はある頃から大量発生している。

金を払った客に奉仕するのは当たり前。単純に言ってしまえば彼らの論理はこれに尽きる。どんな理不尽も、屁理屈も法を犯さぬ限り、場合によってはある程度犯しても、客の都合と要求が優先される。なぜならお客様は神様なのだから。

兇暴にして単純、幼稚。サーヴィスをする側も受ける側も、同じ市民であるという当たり前の認識がない。ま、神様といっても貧乏神もいれば疫病神もいるわけだが。

この種族の異常増殖は、大袈裟に言えば、日本の接客文化を変えた。

傍若無人、駄々をこね、毒突き、居丈高に振る舞うことが客という神々のステータスだと信じて疑わぬから、われらが憧れのスチュワーデスを、召し使いか奴隷と見なす。

他のお客や運航の妨げとならぬよう、馬鹿げた要求や文句にも我慢する。なるべくクレームをつけられぬよう細心の注意を払い、神経を遣い、ともかく無事に無難にやり過ごす。

どうしておおらかでいられよう。どうして個性的に生き生きといられよう。楽しげでいられよう。

和風のものが食いたいんだがね、客の意向を無視して差別するのかね。‥‥とひと言言えば、機長だって謝りに飛んできたかもしれない。一食分だけ補給するため出港地に舞い戻ったかもしれない。それほどの大事件だったことになるのか。

いやはや。

生き生きと楽しげなスチュワーデスを取り戻すために。スッチーの味方としてはどうすればいいのだろう。思案にあぐねるうち、飛行機ははや目的地に降り立つ態勢に入るとのアナウンスが流れたのであった。

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