19世紀パリに生きていた何者か

ちょうど100歳違う分身を、パリの物語世界に送り込んでいる。

石造りの街の手触りから、シャポーにフロックコート、窮屈な外出着でたたずむ街の光景、行き過ぎる馬車の軋む音、馭者の掛け声、酒樽のころがる居酒屋に集う連中の顔つき、仕草まで。‥‥細部にいたる五感を働かせて、19世紀パリを感じ取るために。

1852年生まれのエドモン、これは「江戸者」のもじりで名づけた。ノルマンディの貧乏貴族の末息子はパリの大学へと出てくるが、生活費に事欠くと、新聞記事を書くことで糊口をしのぎ、学業から脱落していく。

紋切り型と言っていいほど、19世紀フランス小説に登場する青年たちのタイプの一つに属している。あああの連中の一人ね。この時代の小説に少しでも接した方なら、そう思われるに違いない。

分身を送り出す側から言わせていただければ、あのタイプと感じることでイメージを共有しやすいし、エドモンのような立場は当時のパリ、身分、階級、職業、街区をいくらでも越境する自由がある。それが何よりの利点だ。

‥‥「どうして、分身を送り込んでまで19世紀パリに‥‥」。ピアニストは柔らかな微笑みを浮かべ、視線だけは強くまっすぐこちらに向けた。‥‥そうですね、近代化とは何か、それを解く鍵があると感じるからです。

近代化とは何か。いつの間にかテーマになりました。もっとも、なぜこれほど19世紀パリが気になるのか、その謎を解きたいという想いも同時にありますね。笑いながら付け加えると、ピアニスト兼作曲家はうなずいた。

‥‥「それほどまで、ということはやはりどこか普通やないと感じはりません?」王朝風と感じられるアクセントとニュアンスを、あずまえびすとしては、とても再現できない。

「還暦、退職後とはいえ、おうちまで処分してしまわれはって、特に何があるわけでもないこちらでお暮らしになるなんて、どう考えても不思議やと思いません?」。‥‥もう東京に住む気はなかっただけの話です、帰国したにしても。

大和地方の、棚引くようにゆるやかな山の稜線が原風景だというピアニスト兼エッセイストは、確信に満ちたように大きく首を振る。

‥‥「いいえそうやない、あなた、実際に19世紀のパリにいらしたんですわ。だから生まれ変わりを呼び寄せたんです、なにかお伝えしたい、ぜひともこの地で感じさせたいものがある、分かって欲しいことがある‥‥」。

輪廻転生というやつですか。‥‥いつもならこの手の話は笑って聞き流すか、酒の席での法螺話にでもするところだが、抵抗なく、何のわだかまりもなく受け止めている。それを奇異に感じるほど。

「現在のあなたが19世紀パリを手探りしているのではなく、19世紀パリに生きていたあなた、その何者かが呼び寄せ、伝えようとしている。逆なんですわ。‥‥そう考えた方が自然だと思わはれしまへん?」。

自然‥‥ですか。

たしかに、あまりに自我、自我、自我にとらわれて生きてきた。それが誤りであったと今でも思ってはいない。しかし、そんな自分が風通しの悪い、狭い枠に閉じこもっているのではないかとの疑問と自覚は常に抱いている。

そんな想いのせいで、すうっと入ってくるものがあったのかもしれない。話を聞くに値するだけの「気」を、万葉集と現代音楽を繫ぐ音楽家が放っていたのは明らかだとして。

‥‥とは言っても、およそそのような思考パターンを取ったことのない者としては混乱の極みでしかない。

そこでエドモンに呼びかける‥‥。

地方育ちのエドモンは、1871年の秋、故郷を後にする。70年から71年にかけての普仏戦争、帝政は倒れパリはプロシア軍に包囲され、コミューヌの民衆の反乱・自治が潰されたあと第三共和制が成立したとは言え、長い混乱は尾を引いていた。

人びとの思いは鋭く分裂し、亀裂が走り、分断され、断裂を示していた。憎悪と相互不信と。だからこそ連帯と愛情は輝き、多様な価値観がせめぎあってもいた。

こういう時代状況にエドモンを送り出した以上、彼の五感に頼りながら書いていくしかない。書くことでしか見えてこないのだと思う。

黄昏を迎えて、今さらながらの「自分探し」というわけか。‥‥いくぶん皮肉な気分で考える。

「ご自身の内にいはるんですよ、19世紀のパリにいらした方は」。前衛と古典を往き来するピアニストは、そんな気分を見透かしたかのように言う。

‥‥そうだった、記憶を旅する。それこそ生き方であり、方法であった。記憶の内に埋め込まれた記憶を掘り起こし、そこからさらに記憶を遡り、おぼろげでかすかな、遠い向こうのそのまた向こうの記憶へ‥‥。

こちらからの手探りと向こうからの呼びかけは、そのとき溶け合う。そう考えるのも、まんざら的外れではないかもしれない。

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