「平成」の終わりに「昭和」の終わりを想う

役所で書類を提出するたび、西暦との換算に戸惑い、不便を感じる程度の意味しか持たない元号も「平成」の終わりと聞けば、あらためてこの30年を振り返る機会にはなる。

天皇ヒロヒトの死による「昭和」の幕引きは衝撃的だった。

新聞の天気予報欄あたりに並んで「本日のお下血は」なんていう病状告知の記事が連日掲げられ、流行語にさえなる勢いで、いざその日を迎えると、テレヴィの画面から一斉に色彩が消えた。

黒色の装いの男女が沈痛な面持ちで追悼特別番組とやらを四六時中垂れ流し、官公庁、地方自治体、民間会社、諸団体、公的な対外行事から町内の新年会、組合の親善ゴルフにいたるまで自粛の名のもとに消え去り、無期延期となった。

街はどこもかしこも喪一色。映画の看板も芝居の興行広告も剝がされ幕に覆われ、年明け大売り出しも福袋などとんでもない、クラクションを鳴らす車もなく、そもそも街を行き交う車輛が少ない。マスクをつけて俯向き加減、互いに目を合わさぬよう道ゆく人びとは家路を急ぐ(少し大袈裟)。

パチンコ屋では軍艦マーチの代わりに葬送行進曲を流し(これは噓)、お子様ランチのチキンライスの山の上に立てる日の丸も半旗になっている(これも噓だが、もしかしたらホントにやっていたレストランもあったかもしれない)。

飲み屋街だって例外ではない、赤提灯も表に火を灯さず、それでも戸を引いて入り込んだ奥ではいつもと変わらぬ営業をつづけている。いつもと変わらぬ升酒を口に含み、塩辛に箸を下ろしてほっ。ほっとしながら呆れた。呆れ果てた。

別に強制されたわけではない。相互に様子を見ながら、なんとなく「自粛」しなくてはならぬムードが漂う。このムードというのがやりきれない。なんだいこりゃ。内心、皆やりきれないと思いながら誰ひとり口にはしない。いやはや。

古式にのっとり、万古不易とやらの胡散臭げな儀式が、荘重におごそかに浅はかに滑稽なほどつづき、執り行われる。そのたび胃でも患ったかのような顔をして、アナウンサーと有職故実に明るいと称する方々が解説を加える。

‥‥これでもかこれでもか、こけおどしはつづく。深刻そうな顔はヒロヒト個人への愛惜を語りながら、本当に振りかざしたいのは「不滅な歴史」なのだ。たかが19世紀末明治以降に半ばでっちあげたに過ぎない、メッキ加工の「伝統」でも。

はっつぁん、くまさん、わが長屋の住民たちにしたところで殿様や将軍様までは話題にしても、上方にはお公家さんなんていう薄気味の悪い人たちがいると知っていた者は少なかっただろう、ましてその親方など、およそ縁がなかっただろう。

忘れ去られた権威の、血筋の正統性。それもはなはだ根拠のあやしいものを、神道と神話をいじくり捏ねまわし、官軍を名乗った薩長下級武士連主体の勢力は、維新と自ら名乗る政権を正当化する、神輿に載せる「神」をひねり出した。

戦後「神」の座を放棄して「人間」に立ち返ったはずだったのに、何十年をも経て、またぞろもっともらしく形をととのえ‥‥。誰も「王さまはハダカだ」などと言い出しはしなかった。

このとき、はっきり理解した。

このクニは特別なクニだということを。

うすうす感じてはいたけれど、まっとうなクニではないと。

子どもの頃の社会科教科書に載っていた写真が、追悼番組でも登場する。第二次大戦後、連合国総司令官マッカーサーと天皇ヒロヒト会見時の写真だ。

戦勝国代表と敗戦国代表のツーショットは、ヒロヒトの英雄的なエピソードとして聞かされた。占領のため乗り込んできた、欧米を代表する一流の軍人は、風格ある東洋一流の大人との出会いに深い感激をあらわした、と。

‥‥逆立ちしても、この写真からそんなことを感じ取れはしなかった。

もっと違う、なにかビミョーな印象。ずうっと抱いてきた違和感が、ヒロヒトの死の総動員態勢の異様さに包まれ、するりとほどけた。

これは、国際社会を向こうにまわした「単独」講和への道。アメリカ軍と、戦前からの既得権保持者の手打ち式にいたる、その始まりの記念撮影だったのだ。

臣民たることを忘れ、人権なぞと言い出すタガのはずれた民衆は何をやりだすか分かったもんじゃない。これから敵対していくことになるソ連、中国の喉元にある列島を指揮下に置くのは米軍にとっても必須の案件。

ならばいっそ、戦争で対峙したはずのアメリカ軍部と、ヒロヒトをかついだ明治帝国の担い手支配層、そっくりそのまま結べば手っ取り早い。

アジア近隣諸国の膨大な犠牲者の存在に頰かむりし、名誉の戦死より餓死者の多い犬死させた兵隊たちなど過去のもの、軍部のトップはじめ何人かの生贄を差し出せば当面、格好はつく。

帝国の聖戦で焦土に投げ出した少国民は、それでもまたまた健気に立ち上がり、再び蜜を集め、われわれを肥えさせるであろう。

徹底的な暴力で服従を強いられた者は、正常な判断力を失い、当の暴力遂行者に尻尾を振る。媚びて取り入るためには土下座し、靴の裏だって舐める。仲間を蹴落とし、率先して自らを売る‥‥。

そんな少国民の精神状態から抜け切らぬうちに、とっととねじ伏せてしまえばいい。東西冷戦の波が押し寄せていた。それをも大義名分に利用し、アメリカ軍と明治帝国統治者の野合のもたらされた瞬間だった。

ドイツ、イタリアと異なり戦前戦中支配層は温存され、その代わり米軍の原爆投下、大空襲も問われることなく、沖縄を売り、占領基地は永続化していく。人道に対する罪など、なんのその。知恵のつかぬよう少国民は太らせておけばいい。

国家、企業、地方公共団体、メディア、民間団体‥‥きわめて有機的柔構造のネットワークが張り巡らされたヒロヒトの「喪」は、そのシステムの基本的な骨組みを一瞬明らかにした。

この骨組みは平成の終わる今でも変わりない。変わりようもない。ただし確実に腐り、社会を蝕んでいく。人心を荒廃させていく。

‥‥そうして、ここまできてしまった。

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